月姫
 (C)TYPE-MOON




 ―――暗き、地の底。


 余人の立ち入らぬ、閉ざされるべき部屋。

 おぼろげな灯りに四方から照らされ、一人の少女がたたずんでいた。

 その前には大きな広いテーブル。
 妖しい華の香り漂う室内。
 眼前に幾つもの硝子瓶と真白い乳鉢。
 細く透明な硝子管が、複雑に如何な目的で作られたかも知れぬ器材群を繋いでいる。
 灯は、天井から照らす小さなランプの他に、異形の瓶を温める焔が無数にあった。

 陰気な雰囲気のその空間に、場違いな程の陽気な声が響く。

「あら?あらあら〜? 志貴さんって本当に面白い人ですね〜。吸血鬼の皆さんと戦っていらっしゃった時のモノかしら?」

 少女はその手にある厚い紙の束を、熱心に見入っていた。
 机の上には、その束が入っていたとおぼしき病院名義の封筒。
 差出人に「時南」の名が見える。

「……でも、とっても楽しめそうですわね〜」

 薄暗い部屋の中、その少女の表情は伺えない。
 しかし、四方からの朧な灯に照らし出されて、机上に、床に、器材に、天井に、無数に写しだされた幽かな影が、妖しく揺れていた。


 まるで、笑うように。











 たくさんのおもい たくさんのかんがえ
written by Q-san








「このまま放っておくと、遠野くんは大変な事になってしまいます!」

 豪奢な洋館、巨大な遠野屋敷の今日、日曜の朝はいつもと違う大声で始まった。

 その場所はロビー。
 長い黒髪をたゆたせ毅然と立つ、遠野家当主、秋葉。
 その向かいに立つは、黒き法衣も凛々しい、シエル。
 秋葉の後ろには屋敷の使用人、琥珀と翡翠が控えていた。

「たまたま兄さんの定期検診に幸運にも偶然に同行されたくらいで、勝手な判断はして頂きたくありませんわ。兄さんの健康状態は、私達遠野の家の者で把握しております!」
「遠野くんの身体には、普通ではないモノが混ざってしまっているんです! 一般の医療では治療出来ません! 魔術的な対処が必要です!」
 そのシエルの真剣な言葉に、秋葉も怪訝な表情を返す。

「遠野くんの検診の時、妙な違和感のある力の流れを認識しました。聞けば前の闘いの時、無数の獣に身体を喰い千切られて、アルクェイドが死徒の使い魔を失った身体の代用に使って治療したと言うじゃないですか! そんな吸血鬼の使い魔が、遠野くんの身体に潜んでいるなんて危険です! 遠野くんを汚染しかねません!」
「な!何ですって?!」
 たたみ掛けるように言葉を紡ぐシエル。
 その言葉に驚愕する秋葉。


 そして、一瞬の静寂。


 肩をいからせるほどに激しいシエルの吐息が室内に響く。
 かすかに、風が通ったか窓枠が軋む音すらも聞こえる。

「そ、そんな……」
 驚きの表情のまま、秋葉が後ずさる。
「あらあら〜それは大変ですねー」
 秋葉の脇から、琥珀が周囲を見渡しながら進み出て来る。
「秋葉さま、とりあえず志貴さんをシエルさんにお預けして治療して頂いてはいかがでしょうか? 今日も体調が悪いとかで、起きて来られませんし。それが原因かもしれませんねー?」
「? 姉さ……」
 そんな言葉に翡翠が怪訝な表情を見せるが、琥珀はそのまま続ける。
「よろしいでしょうか? 秋葉さま? 移動寝台の準備とかすぐできますよー」
「……あ、うー……」
 唸りながら秋葉が悩んでいる。
 秋葉自身は意識していないのだろうが、その艶やかな黒髪だったモノが、燐光を発しながらも赤と黒の色彩をいったりきたり変異を始める。

 ぴしり。

 小さな音が広いロビーに微かに響く。
 秋葉の足元、毛足の深い豪奢な絨毯が、そこだけ数百年を過ぎたかの様に固形化し風化して行く。

「……あ、秋葉さま……?」
 全員の視線は秋葉に集中し、同時に後ずさる。
 離れてみれば、秋葉の周囲は白く煙っていた。
 大気からも略奪が始まっているのだろうか。
「あ、あら〜?」
 さすがの琥珀の笑顔も、引きつりだした頃―――

「……し、しかた・ありませんわ、ね」

 断腸のその想いを体全体で表現するに留まらず周囲空間その存在全てに知らしめて、秋葉は承諾の返事を絞り出すように発した。

「で、では、すぐに支度致しますー!」
 ぱたぱたと琥珀が、なにか急かされるように秋葉の側を離れ、倉庫へ通じる一階奥の廊下へと駆け込んで行く。

 待つほどもなく、軽いキャスターの音と共にパイプで組まれた簡易寝台に乗せられた志貴が運び出されて来た。
 そのまま通り過ぎて行く、志貴の寝顔へ、秋葉は寂しげな惜しげな視線を向ける。
「では、シエルさん。くれぐれもよろしくお願いしますね〜」
 いつもの笑顔に戻った琥珀が陽気に言い、シエルに寝台のついている取っ手を渡す。
 秋葉の射殺さんばかりの激しい眼光を飄々と受け流し、シエルが答える。
「大丈夫ですよ。私に任せて頂ければ万事問題なしです。ちょっと遠くの方まで行って、時間懸かってしまうかもしれませんが、気長に待っていらして下さい。では、急ぎますので!」
 それだけ言うと、シエルは寝台を押しキャスターの回転音も高らかに、遠野屋敷を飛び出して行く。なんだかそのまま国外逃亡までしそうな勢いだ。

 遠ざかる風を薙ぐ音と巻き上がる土煙。
「いってらっしゃいませー」
 その騒音の中、微笑みながら琥珀は手を振り送り出す。



「……姉さん、どういう事ですか?」
 シエルが屋敷を飛び出してすぐ、翡翠が問いかけた。
「志貴さまは「今朝は体調が優れずそのまま安静に」ではなく、姉さんが私に昨夜「検診と治療で疲れてるみたいですから、朝はゆっくり眠らせて上げて下さい」そう言ったのではないですか?」
「くすくすくす……そうでしたねー」
 笑いながら琥珀が振り返る。いつもの笑顔で。
「え? 琥珀また何か……?」
 秋葉が困惑もあらわな口調で、翡翠の言葉へ続ける。
「はいー。今の志貴さんはこんな事もあろうかと準備しておいた、ニセモノですよー」
「ね、姉さん?!」「ちょ、ちょっとニセモノって?!」
 狼狽する二人へ得意げに琥珀が解説を始める。
「どちらのお医者さまが志貴さんの担当をされてるか、お二人ともご存じですよね? 昔からこの遠野家の主治医もやられていた時南先生ですよー。遠野の血の事も、妖かしの事もご存じです。志貴さまのお身体に、異物がある事くらいは判りますよ」
「え? じゃぁシエルさんのいう事は正しければ、兄さんは危ないんじゃ……」
「その心配は、ありませんよー。ちょっと前の志貴さんでしたら四季に命を盗まれていたので、お身体が弱く危なかったかもしれませんが、今はそんな事もありません。徐々に異物は減少しているとの事でした。大丈夫ですよー志貴さんは」
「そ、そう……じゃあ、一体今兄さんはどこに?」
「私の部屋で休まれてますよ。先程までTVを見ておられましたが、ちょっと疲れが出たとかで……」
「にゃ〜ッはっはっは! 聞いちゃったからねー!」
「何者?!」
 頭上から高らかな笑い声がロビーへ降り注ぐ。
 対して秋葉が叫びかえす。
 吹き抜けの広いロビー。
 秋葉は相手を探し周囲を見回す。

 と、琥珀の背後、高い位置にある窓辺に真白いシャツに紫の長いスカートをそよ風に流し、紅い瞳の女性が座っていた。
「外から志貴の部屋を見てたら、翡翠ちゃんは起しに来ないし、シエルはロビーに入ったまま。どうしたのかな〜と、思って見てたらそーゆー訳だったのね。志貴の部屋で寝ていたのが私につかませようとしたニセモノ、さっきのがシエル用のニセモノ、そして本当の志貴はあなたの自分の部屋にこっそりかくまって居るって事ね」

 琥珀は振り返らず、答えない。

「ふふふ〜今度はこっちが出し抜いちゃったね。琥珀」
「ちょっと未確認生命体! そんな所に居ないで降りて来なさい!」
 秋葉は足音もけたたましく、アルクェイドの方に歩み寄って行く。
「あー妹ー、その呼び方は止めてよー。志貴と私はとっても深いパートナーなんだから、お姉さんって呼んで欲しいな★」
「いつ! そんな深いパートナーとやらになったと言うのですか?!」
「これからもっと深くなるよ。じゃーねー」
 手を振りながら言うと、白と紅の吸血姫は窓の外へと消えた。

 すぐに離れた場所―――琥珀の部屋の方で、激しく窓を開ける音が響く。
「琥珀!翡翠! 兄さんを……? え?」
 アルクェイドを止めるべく、使用人姉妹に指示を出そうとした秋葉の台詞が止まる。
 振り返った秋葉が見たのは、微かに肩を震わせる琥珀の後ろ姿。
 そしてその向こうに立つ、そんな琥珀を戸惑いの、理解不能とばかりな視線で見つめる翡翠だった。

「ちょ、どうしたの二人とも?」
 異様な雰囲気に、秋葉が心配げに声を掛ける。と、その時。
「……しーきー! ほら起きてー! どこに遊びに行こうかー!……」
 遠ざかって行くアルクェイドの声が微かに聞こえて来た。
 秋葉は真紅の髪へ一転。
 泥棒猫をくびり殺さんと鬼神の形相で―――
「お待ち下さい。秋葉さま」
 琥珀が振り返って、秋葉を止める。いつもの笑顔で、胸元で一つ柏手を鳴らし続ける。
「今のが、アルクェイドさん用に準備したものなんですよー。アルクェイドさんが盗み聞きしているのは、先程から気付いておりましたからね〜。くすくすくすくすくすくす」
「な、何か、とても楽しそうね、琥珀?」
「いえいえいえいえ、全然そんな事はこれっぽっちもありませんよー」
「姉さん……」
「じゃぁ本当の兄さんは……?」
「さて★どこでしょう? 一般常識的に志貴さんが自分でそんな所に行くはずがないって所ですよ。」
「一体、兄さんはどこ?!」
 さすがに秋葉も苛立ったように問い詰める。
 そんな様子に、少し困ったように琥珀は頬に指をあて、小首を傾げつつ答える。
「慌てないで下さい秋葉さま。志貴さんは、秋葉さまのお部屋の寝台で休まれていますよ」
「え? わ、私の? 部屋?」
「はいー。実は秋葉さまが起きられた後に、こっそりと。まさかアルクェイドさんもシエルさんも、志貴さんが妹のお布団にくるまっているなんて思いもしないでしょうから。それに秋葉さまはお忙しいですし、志貴さまを待ちがてら休憩も居間でとられますからねー」
「に、兄さんが、私の、寝台で……」
「ほら、秋葉さま? 今なら志貴さんと添い寝とかし放題ですよー。それに、志貴さんが起きたなら、きっと志貴さん驚かれるでしょうねー。妹の部屋の布団に自分で入っているんですから。混乱して秋葉さまのお願い、何でも聞いてくれちゃうかも知れませんねー」
「に、兄さんと、そ、添い寝……」
 秋葉は今度は頬を赤く染め、夢見るような表情で、ふらふらと階段へ向かう。
「……お願いって……いえダメ、そんな事は! でも……」
「行ってらっしゃいませー。秋葉さまー」
 琥珀は笑顔で手を振り、秋葉を送る。




 秋葉が二階の廊下へ姿を消してから、しばらく。
「……姉さん、さっきから同じ笑顔。また、ニセモノですね?」
 鋭い視線を向けながら、静かにしかし毅然として翡翠が琥珀へ問い掛けた。
「ふふふふふふー。やっぱり翡翠ちゃんは分かっちゃいますかー」
「志貴さまは一体どちらに? 志貴さまにもし危険があるようなら、例え姉さんでも……」
「あらあら。だめですよ翡翠ちゃん、そんな怖い顔をしちゃ。これから志貴さんと三人でお出掛けするんですから?」
「え? 志貴さまと……?」
「そうですよー。昨日のですね、検診の帰りの時に……



「いつも、琥珀さんと翡翠には迷惑掛けっぱなしだな。あの三人がいつも屋敷を壊しちゃうから、掃除や修理の手続きとか大変だよね」
「いえ、お気になさらないで下さい。私達は使用人ですし、皆さんの事も好きですからー」
「う〜ん、でも……そうだ! 明日は日曜だし、三人でもどこかゆっくり出来る所に出掛けようか?」(にっこり)
「え、え、でも」(わたわた)
「翡翠にも伝えておいてね? 悪いけど、今日は色々疲れたから先に休ませてもらうから、適当な時間に起してね」



 ……と言うお言葉を頂きまして、これは頑張らなきゃ!と奮起したんですよーお姉さんは」
 琥珀は満面の笑みでガッツポーズをとる。
「本物の志貴さんは初めから、御自室の寝台の上です。灯台下暗しって事ですねー。そしてですね、灯があるから灯台の下って暗いんですよ。今回は、いつも起こしに行く翡翠ちゃんを行かせない事で、アルクェイドさんに警戒心を抱かせ……って? あら?」

「し、志貴さまとお出掛け……」
「あ、だめですよー。夢想状態になっちゃ。翡翠ちゃんにはお願いしたい事があるんですから」
「……私に?」
「ええ。なんにせよ、お三方に準備したのはニセモノです。仮初めでも命がありますから、すぐには判らないかもしれませんが、絶対そのうち判ります」
「……あ?!」
「解ります? そうなると、怒り狂った三匹の魔獣がこのロビーになだれ込んで来ます。たぶん、いえ間違いなくその混沌とした戦場で、志貴さんも巻き込まれてしまうでしょう……」
「……そ、そんな……」


 重い沈黙、静寂な雰囲気がロビーを満たす。



 突然!
 翡翠に指を突き付け、琥珀は断じて宣言する。
「そこで!翡翠ちゃんの出番なのでーす!!」
「わ、私……?!」

 琥珀は微笑みながら奥に行くと、真っ黒く大きな袋を引きずりながら戻って来た。
 袋は大きい。
 床から、引きずる琥珀の腰までもある。人が一人入りそうだ。
「姉さん? これは……?」
 翡翠が腰を落して、袋にふれた瞬間―――!
「こ、これは?!」
 驚き、手を放した。
「う、動いてる?! 姉さん?!」
「ふふふー。並みの人では身代わりになりませんから。どなたにしようかずいぶん悩んだんですよ」
 言いながら固く縛られた、袋の口紐をほどいていく。
 すぐに茶色の丸い何かが頭を出す。

「ちょぉっとー! 何よこの扱いはっ!」
 二つに結び分けられた髪を振って叫ぶ。
「志貴くんが用があるって聞いたのに! 何考えてるのよ?!」

 弓塚さつき。
 志貴の学友である。

「さすがに有彦さんとかでは、瞬殺されてしまいますからねー」
「で、でも一般の方では?!」
「忘れたんですか?翡翠ちゃん。この方は志貴さんを追いかけて、四季に血を吸われているんですよ」

 四季に血を吸われ、尋常でない速度で吸血鬼化した、ナチュラルボーンヴァンパイア。
 それが今の、さつきだ。
「な、何よー!」
「そぅ……志貴さまを追いかけて」
 さつきを見下ろす翡翠の瞳のグルグルが増えていく。
「この方なら、超常の能力を得ていますし、少しはお相手が出来るでしょう? 怒りのほとばしりも、何かにぶつけられれば多少は落ち付きますよ、あの三人も」
「そうですね……それで、志貴さまの安全を確保できるのなら……」

 一歩、翡翠はさつきの前に歩みを進める。

「な、何?」
 黒い袋から、頭だけを出したさつきは逃げようともがくが、当然動きはままならない。

 また、一歩。

「じゃ、翡翠ちゃん。お願いしますねー。私は志貴さんを起こして、お出掛けの準備を始めますから〜」
 楽しげに、小袖を振りながら琥珀は階段を上がっていく。

 静まり返るロビー。
 残された人影は、二つ。
「さて」
「わ、私が夏のにゅーヒロインなんだからぁ?!」

 びしぃ!

 翡翠がさつきの眼前に人差し指を突きつける。
「貴方は、ヒロイン、なんですね?」
「そ、そうよ! 私がこの夏に主役に躍り出るのよ!」

 翡翠は静かに、区切るように言葉を紡ぐ。

「貴方は、ヒロイン、になる為にたくさん、頑張って、来ましたね」
 その翡翠の指が、ゆっくり回りだす。
「そー! いっぱいぃー…… たくさん……」

 回る回る翡翠の指先。
 ぐるぐるぐるぐる。

「今回も、貴方は、頑張った、一人で」
「わ…わ……私、はー……」



 びびしぃっ!!



 翡翠の指が、さつきの眉間に突き立てられる!








「あなたを、犯人です」





おしまい  



―――○―――――○―――――○―――――○―――――○―――



あとがき

 さて、どんな訳だか今回は、志貴、琥珀、翡翠がちょっとお出掛けする前の、ちょっとした一コマでした★
 お楽しみ頂けましたでしょうか?

 今回の不幸者はさっちんでしたー。

 あははー今(5月4日現在)TYPE-MOON 本家HPでは、夏のお祭りDISKに向けてSSやCGを募集中ですが……
 うーむー。私は挫折ですー。
 SS自体そんなに経験ないもんでか、原稿用紙40〜80枚なんて分量を「主人公、志貴の一人称形態。夏のお祭り騒ぎに相応しい題材で」とゆー枠の中では書けませんでしたー(^^;
 そんな訳で、他の事を色々やったりしてる訳です。

 ではまたー★

(2001年5月4日)
(2001年5月6日:誤字、レイアウトとかちょっと修正)






―――○―――――○―――――○―――――○―――――○―――



おまけ


 さぁぁぁぁぁぁ……

 涼やかな風が、草原を薙いでいく。
 琥珀が作った弁当を手に、志貴はその風を気持ちよく感じていた。
「……いいねぇ。こうゆう落ち着けるのは」
「はいー」
 レジャーシートの上に、幾つもの重箱が置かれ、それを志貴、琥珀、翡翠の三人が囲んでいた。

(……姉さん、姉さん……)
 翡翠が琥珀に小声で呼び掛ける。
(ん? 何ですか? 翡翠ちゃん)
(結局、あの志貴さまのニセモノってどうやって準備したんですか?)
(あれはですねー。さっきも話し出てましたよね? 志貴さんの身体の異物って? ネロ・カオスの使い魔をアルクェイドさんが無害化して、志貴さんの身体の欠損部を応急に補完したものなんですよ)
(……ん)
(それは、これまでの治療の時に、志貴さんの健康状態を確認しながら、徐々に取り除いて来たんです。それをちょっと培養してね。もともと志貴さんの一部になっていましたから、そのまま志貴さんの形態を取らせてみましたー)
(ね、姉さん……いつ、そんな技術を……)
(あら? 薬学医学は生体の構造解明でもあるんですよ? 時波さんの助力も頂けて……そう言えば、あの方も楽しげでしたねー)
(あれが、使い魔……)
(ふふふ〜。皆さんをどうやって引っ掛けようか、考えるのは楽しかったですよー)
(……姉さん……)
(三人とも、今頃大変でしょうねー)

「どうしたの? 二人で内緒話なんかして」
「あ、いえいえ。何でもありませんよ」
「は、はい!」
「……? まぁいいか。置いて来ちゃった三人には悪い事したなー。今度は皆で来ようか?」
「そうですねー」
「……志貴さまがお望みなら」



 風はどこまでもやさしく吹き

 雲は、蒼い空をかすかにみずいろに染めかえて流れていく

 太陽は暖かく三人を照らし、穏やかな陽気に包まれた、平和な時間。














 だが、しかし。












―――○―――――○―――――○―――――○―――――○―――



 とある公園で
「うにゃぁ―――――! 志貴が、犬にぃっ?!」



―――○―――――○―――――○―――――○―――――○―――



 とある空港で
「君君? いかに飼い・馴らしてあろうとも、も、猛獣は?!」
「ひぃ―――――! と、遠野くんが、虎にぃっ?!」



―――○―――――○―――――○―――――○―――――○―――



 とあるベッドで
「はぁ、はやく起きて下さらないかしら……ほっぺをぷにぷにしちゃいますよー……」

 ざり

「え? きゃぁ―――――! に、兄さんがサメに?!」



―――○―――――○―――――○―――――○―――――○―――



 そして遠野の屋敷では、一人の少女がロビーに仁王立ちしていた。
「私がヒロイン……私が主役……志貴くんは私のもの……私はいっぱい頑張った……私が犯人……」

 怒りに狂える三柱の 悪神・魔神・鬼神 のけたたましい足音は、すぐそこに迫りつつあった。



 ……合唱。



ホントにおしまい★


―――○―――――○―――――○―――――○―――――○―――



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