月姫
 (C)TYPE-MOON

         
 
 
 
 
 
 ……チチチ……チチ……
 
 
 閉じられた窓から、かすかに小鳥たちの鳴声が聞こえる。
 
 その小鳥が宿る梢は、揺りかごの様に風にやさしく揺らされている。
 
 窓から明るい朝の光が、豪奢なレースのカーテンを透かし射し込んでいる。
 
 その真白い連なりが、風にそよぐように波打つ。
 
 
 
 たゆたうレースの海に、メイドの衣装に身を包んだ少女が一人、立っていた。
 
 
 
 この部屋の主人に仕える使用人、名は翡翠。
 
 翡翠は、窓を開き朝の澄んだ大気を部屋に導き入れ、しばし眼下の町並みに見入る。
 
 もう通勤通学の時間帯だが、丘の上の屋敷には街の喧騒は届かず、とても―――――静か。
 
 
 その静かさを確認してから、翡翠は意を決したように振り返り、一つ深呼吸。
 
 何か非常に困難な、しかしとてもとても大切な事に向かうかの様に。
 
 
 
 
 
 
 
 
 


― なにげない日々 ―

written by Q-san.


 
 
 
 
 
 
 
 ……鈴の様な響きが、聞き心地好い。

「……し…さ……」

 おぼろな半醒。

 つい最近、聞くようになった声。

 ずっと昔から聞いていたような声。

「…お時間……遅刻…」

 たった一つの単語に、脳の覚醒が激しく刺激される。

 一瞬、強い動悸。

 アドレナリン高速分泌。

 血圧の上昇による、血道拡張。

 自分でも、体温が上昇し頬が赤みを帯びていくのが判る。

「お目覚めですか? おはようございます、志貴さま」

 その雰囲気を察してか、翡翠は掛ける言葉を変える。

「ん、あぁ。おはよう、翡翠」

 気持ちの良い目覚め。俺は機嫌良く挨拶を返す。

「ちょ、朝食の準備が整っております。お着替え召しましたら、しょく食堂までお願い致します」

 染み付いた丁寧な振るまい。

 礼をしながら、頭を上げない。

 …その翡翠の耳や襟足がちょっと赤い様な気もするけど……いつもの事かな?

「秋葉はまだ居間かな? 食事前には会ってくるか」

「はい、まだ学校には向かわれておりません。志貴さまをお待ちのご様子です」

 顔を上げながら答えた翡翠のその言葉を聞いて、上がりつつあった俺の血圧は負の領域まで急降下。

「え、え〜と、今朝は秋葉って、何時頃から起きてた?」

「本日も午前5時50分に起床なさりました。6時きっかりからシャワーを浴び、制服にお召し変えられ、同30分より朝食。ただいまは、食後の紅茶を嗜まれ……」

「ちょ、ちょっと待った! 今、何時?!」

 慌てて俺はベッドから跳び起きる。

「午前7時20分を先ほど回りました所です。ご学校のHRの時間が8時30分ですから、あまり余裕は無いかと思われますが」

「あちゃ〜〜……、また起きれなったか…」

「早朝より何度も声をお掛けいたしましたが……、申し訳ありません。私の力不足で」

 謝罪しながら、翡翠が深く頭を下げようとするが

「あぁ! ごめん、悪いのは俺の方だよ」

 その肩に手を掛け翡翠を止めると、そのままその手を返し頬にあて顔を起こす。

「あ……?!」

 俺の目の前に、ひどく困った様子の翡翠の顔。

「ごめんね、翡翠。いつも寝起きの悪い俺のせいで迷惑掛けちゃって」

「わわわ私は、その、志貴さまの・に、仕える使用人ですから。当然のつ・務めです。どうかお気になさらないで・下さい」

「そっか、ありがとう。でも、そこまでしゃちほこばらなくても良いよ。いつも言ってるけど、この屋敷で4人暮らしていて、俺にとっては皆、家族みたいなものなんだから」

「……はい…」

「じゃ、もう着替えるよ。すぐに下に行くから」

「はい、どうかお早く。時間が経つほどに秋葉さまの髪の色が紅くなってきております。あまり遅くなるようですと、志貴さまの生命に危険があるかと」

「そ、それは…?!」

 部屋を出る間際の翡翠の助言。

 俺にとっては、いわば死刑宣告。

 俺はわずかでも生への可能性を獲得するために、精一杯足掻くことにした。











「毎日毎日飽きもせずずいぶんとごゆっくりな朝ですのね、兄さん?」

 自己新記録の身支度時間を多分更新して、二階から降りてきた俺を、秋葉のキツイ言葉が出迎えた。

「おはよう、秋葉。ごめん、またずいぶん待たせちゃったみたいだな」

 降りたとき、秋葉はちょうど椅子から立ち上がったところだった。

 どうやらギリセーフ! 顔を合わせられずに居たら、夜、帰ってきた秋葉にどんな目に合わされるか分かったもんじゃない。

「今さっき降りてきた翡翠は、ずいぶん機嫌良させでしたけれども、何をお話でしたのかしら?」

 腕を組みながら、かるく睨むように見つめてくる。

 その背後に陽炎が揺れ昇る様な気がするのも、髪がかなり紅い様な気がするのも、きっと絶対に気のせいだ。ちょっと光の反射の具合が変なんだ!

「ん〜ここ数日、俺寝坊続きで秋葉と朝に顔を合わせられなかったじゃないか? それで、朝翡翠に迷惑を掛けちゃってるのを謝っただけだよ」

「そう言えばここ数日、朝の兄さんの部屋が静かですね? あの未確認生命体もようやく諦めたのかしら」

「そう言えばどうしたかなぁ……  ところでさ、時間は良いの?」

「え…? あ?!」

「ほら! 急がないと」

 俺は傍らにあった秋葉の鞄をつかむと、秋葉の手を引っ張って玄関へ急ぐ。

「に!兄さん?! そ、そんな子供じゃないんですから!」

「門までは送るよ。遅くなったのは俺が悪かったし、こうすればもう少し話せるじゃないか?」

「は、はい!」

 この笑顔。

 ずっと昔に見ていた無邪気な笑顔。

 秋葉はほんとうに、泣いて笑って拗ねて甘えて、そんな純粋な表情がほんとうに―――かわいい。











 ―――秋葉を送り出してから、しばらく。

 琥珀さんの準備しておいてくれた朝食をかき込んで、俺は玄関に向かった。

 そこで待っていたのは、俺の鞄を手にした翡翠。

「志貴さま、本日の通学路ですが、屋敷前から繋がる常用の坂道は現在警察の現場検証を行っている様子です。何か騒動があった様子で……」

「あれ? またか。最近多いね」

「東に一つ道を違えて頂ければ、問題ないと思われます。それから、本日は定期検診の予定が入っております。放課後、姉さんが迎えに行かれるそうです。校門でお待ち下さい」

「そっか、ありがとう! 行ってくるよ」

「いってらっしゃいませ、志貴さま」











 HRの始まる前に教室に駆け込んでしばらく、遅れて弓塚が走り込んで来て―――そのまま、俺の机に向かって来る。

「し、志貴くん! 今日は一体どういう道順で来たの?!」

 いきなりの剣幕に、俺は少々面食らいながらも答える。

「いや、いつもの坂道は何か騒動があったとか聞いたんで、東にずらして…」

「ガーン!! な・何で?! どうして昨日は西で今日は東? せっかく一緒に行こうと待っていたのに?! どうして狙ったように外れるの?!」

「え、そうなのか? ごめん、うちの人間がいつも行きやすい経路を調べておいてくれるから、そのアドバイスで来てるんだ」

「なぁ〜るほど、志貴先生に遅刻が無い理由はそーゆー訳もあるんですな」

 背後から陽気な声がする。

 有彦がニヤリ顔で立っていた。

「可愛いメイドさんが毎朝起こしてくれて、しかも隠れた内助の孝! 頑張らないと負けちゃうぜ?さっちん」

「お、おい有彦!!」

「ガガーン!! 志貴くんにそんな秘密が?! でも、さつき負けないもん!」

 教室で皆と輪になり、他愛無い会話で笑う日常。

 何気ない、でも大事な時間。











 そんなのんびり息抜きできる時間の一つ昼休み。

 俺は中庭に来ていた。

 昼食の場所取りのためだ。有彦は学食にパンを買いに行っている。あいつはシエル先輩が居たら、食事に誘うと、やる気満々だった。 

 俺は手頃な芝生の上に寝転がったところで、早々と有彦が二人分のパンを抱えてやってきた。

「あれ? どうした有彦。シエル先輩を探すんじゃなかったのか?」

 有彦が、珍しく神妙な顔つきで、言葉を紡ぎ出した。

「遠野……俺は今、限界と言う言葉の存在意義に関して高尚な思考をしているところだ」

「ど、どうした? お前が悩むなんて珍しいな」

「先輩は確かに食堂に居た。だが、カレーパン、和風カレーライス、海軍カレー、シーフードカレー、カツカレー、チキンカレー、カレーうどん、インドカリー、パキスタン風カレー・ナン付き……」

「お、おい! 有彦?!」

 突然無数のカレーメニューをつぶやき、列挙し始めた有彦の肩を掴む。

「…信じられるか? あの食堂のでかい長テーブルが一つ、完全に黄色く埋め尽くされて、先輩は喜々として片端から喰い倒して居るんだ」

「う……?! そ、それは……」

 カレージャンキー、カレーハンター、マスク・ド・カリー…カレーにまつわる様々な異名を持つ先輩のことだ。そんな時に声を掛けること、それは死を意味する!

 獲物を横取りされるのを警戒してか、猛獣のごとき狂暴な凶眼で威圧され、しかる後に無数の黒鍵で串刺しにされる!

 そんな事は、あまりにも容易に想像できた。

 完全な沈黙が周囲を包む中、すっかり血の気が下がった俺に有彦が、ひどく真面目な顔で言葉を掛けてくる。

「親友、悪い事は言わん。今の食堂には近づくな。とりあえず精神衛生上、間違いなく非常に良くないぞ」











 そんな、些細な事はあったが平穏な学生生活。

 一日も終わり、俺は有彦と校門に出てきた。

「志貴くん!」

 突然声が掛けられる。

 振り替えれば、弓塚が居た。

「あれ? どうしたの?」

 駆け寄ってきた為か、少し息を切らせ顔を赤くし、弓塚が答える。

「あのね、志貴くんもう帰るんだよね? だったら一緒に帰ろうかなーって?」

「お? 挽回狙いか、さっちん」

「あーっと、ごめん。これから病院なんだ。定期検診の……」

 フォン…キュ

 そぅ、言い掛けた所に大きな車体に似合わぬ静かなエンジン音。

 軽いブレーキで、輝やかんばかりに艶やかな黒色のセダンが脇に停まる。

「あはー。ごめんなさい、志貴さん。ちょっとお待たせしちゃった様子ですねー」

 後席から、琥珀さんが降りてくる。

「あ、いやさっき来たばっかりだよ」

「え、あ……琥珀…さん?」

 降りてきた彼女を見て、有彦は急に脅え出す。

 まるで姉と喧嘩になった時の様だ。

「有彦?」

「す、すまん!親友。オレはたった今、急に用事が入ったらしい! さらば!!」

 一息にまくしたてると、そのまま駆け出して行ってしまった。

「ど、どうしたんだろう、あいつ?」

「う〜ん、どうしてでしょうねぇ? 有彦さんとは先日、志貴さんのお誕生日会でお会いしたのが初めてですし……あの時は、私のお酒に付き合って下さったのですけどねー?」

「あ、あの、志貴くん? その方は?」

 今の事の成り行きに、半ば呆然としながらも弓塚が尋ねてきた。

「あ、この人は屋敷で料理と色々やってもらってる、琥珀さん。薬剤師の免許も持ってて、俺の体調管理もお願いしているんだ。ほら、昔ほどじゃないけど、俺、身体強い方じゃないからね」

「よろしくお願いしますね。今日は志貴さんの定期検診があるんですよー。お医者さまからのお話しは、その体調管理の関係もありますので、わたしも聞いておかないといけないんですよ」

 ほほ笑みながら、琥珀さんが挨拶を返す。

「そ、その方がさっき話に出た、毎朝起こしてくれるって……?」

「ん? 志貴さんを起こすのは翡翠ちゃんの役ですね。あ、わたしの双子の妹で一緒にお屋敷で働かせて頂いているんですよー」

「そ、そんな…メイドさんが2人も…?」

「志貴さんてホント色々手間掛かりましてー、自分の子供を世話してる感じですねー」

「こ、琥珀さん?!」

「志貴くん、不潔よ――――――!!」

 一声叫ぶと弓塚も走り去ってしまった。

「こここ琥珀さん! 何て事言うんですかっ?!」

「あらあらあら、軽い冗談でしたのに。まだまだ未熟ですねぇ」

「へ? 未熟って?」

「いえいえ何でもありませんよ。それより、予約の時間が近いですから急ぎませんと」

 軽く手を叩いて俺を急かす。

 確かに、時間に余裕はあまりなくなっていた。

 あの時の琥珀さんの笑みは、絶対何かを隠してる!

 ……でも、まぁ良いか。

 また何かを企んでいるにしろ、もう昔の琥珀ではないのだから。

 俺を乗せたセダンは、静かに走り出す。



 窓から流れ見える、夕暮れの町並み。


 穏やかに輝く、赤い夕日。


 俺は、もう少しでもこの平穏な日々が続くことを願っていた。





                    
―――――おしまい









●あとがき●


 さて、お久しぶり?かな。Qさんです。

 今回は、以前書いたSS「特別な一日」に対を成すような成さないような「なにげない日々」でした。

 いやもー志貴君は鈍感ですよね★ 極悪人、月姫最凶の罪人とまで言われた、そんな彼の雰囲気とか書いてみたくて、プロットまとめてみました。

 それから、SSも連作っぽくしてみるのも面白いかな〜と思いまして、時間軸的にも「特別な一日」に続いたものになっています。

 「風に流した女の記憶」だけは、イレギュラー的なSSなのでどんなSSとも、連作にはなりませんが(^^;

 桐月さんのHPでの「月姫SS祭り」への投稿SSもこれら私のSSでは連作っぽくなる予定です。
 
 
 
 さて、続けて恒例の裏話。

 いーかげんなギャグか、はたまた伏線か?

 なぜ、今回アルクェイドは登場しなかったのでしょうかねぇ(笑)
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 

●おまけ●
 
 
 
 暗き漆黒の闇一色に染め上げられていた空が、東の方角からかすかに、少しづつ“空色”と表されたその色を取り戻していく刻。

 しかしてその夜明けの輝きは絶して届かない、余人の立ち入らぬ暗き地の底。


 深い深い、遠野の屋敷のはるか地下に築かれた空間。

 赤、青、黄、緑……様々な色も鮮やかな表示灯。

 大量の文字とグラフィカルな情報が流れ行く、大小幾つものゲージとディスプレイが輪を描くように並ぶ。

 空間の中央には、巨大なドーム型の三次元レーダーサイトグラフィ。

 その情報の氾濫する部屋の広間の中には、複数のオペレーターズ・シートが見える。

 その椅子に見目ほとんど相違ない、少女が二人座っていた。

 一人は赤い小袖の和服姿に割烹着。

 一人はワンピースのメイド服にエプロン。

 この電子の要塞のごとき空間には似合わない。

 だが少女達は当たり前の様に、複数の機材を操作していく。

 少女達の眼前のモニターには、屋敷内の各所が映し出されては、次々と切り替えられる。


 警戒施設なのだ。

 それもかなり高度、かつ特殊な。


 と、周囲のそれより一際大きな赤い警告灯が、激しく明滅を始める。

「翡翠ちゃん?」

 和服姿の少女が、隣のワンピースの少女へ問いかける。

「…超常威力反応確認。今、照会中… コードAと確認! 姉さん!」

「はーい。スクランブル要請しますね。……ぴぽぱっと」

 耳に掛けたヘッドフォンのマイクを左手で位置を合わせ、右手は軽やかにキーボードの上を踊る。その手並みは先ほどの少女の動きをはるかに凌駕する。

「あ、もしもし? わたし、遠野の屋敷に仕えるもので…はい。そうです。朝も早い時間から申し訳ありません」

 電話の相手とは、すでに何度か同件で話した事があるのか、用件の疎通が早い。

「翡翠ちゃん。状況は?」

「コードAは以前接近中。ブルーゾーンを越えイエローゾーンへ。坂道の下です」

 中央のレーダーサイトには、外周から中央へ向けて接近する白い大きなピクセルが表示されている。報告する少女の前のディスプレイにも、多量の情報。

 画面の脇に、時刻が表示されていた。

 05:09 まだ夜明けから幾時も経ていない。


「聞こえました? お礼は、いつもの様に。食堂へいっぱいのカレーですね? では、よろしくお願いしますー」

 …相手との連絡は終えた様だ。

 そしてすぐに、また赤い警告灯が点灯する。

 ワンピースの少女、翡翠がまたコンソール上に細い指をしなやかに走らせる。

「新しい反応……コードSと確認。コードAに高速接近……接触します」

 レーダーサイトの中では、先ほどの白いピクセルと、新しく表示された青いピクセルが絡み合う様に接触と離脱を繰り返している。

「間に合ったみたいですねー。……ここはちょっとお願いしますね? 秋葉さまのご支度の準備とかして来ちゃいますから。あと、あの方も一人だけだと辛いでしょうから、抗呪機構でてきとーに援護して上げて下さいね」

 そう言って、和服の少女は席を立つ。

「…ん」

 その言葉にうなずいて、翡翠は琥珀を見送った。



 …しばらく後、ディスプレイの時刻表示がまた進んだ頃。

「ただいまー。どう、大丈夫?」

「今回はコードAは撤退。多分、通勤通学の為、人通りが増えてきたからだと思う」

「あの人も懲りない方ですねー。以前から、秋葉さまを快く思わない親族の皆さんの刺客を、ことごとく撃退してきた警戒網をさらに強化に掛かっている現状では、どこから接近しても丸分かりなのにねー」

 すでに何も映さなくなっている正面の大型ディスプレイを前に、琥珀の瞳が曇り抑えた笑いが室内に響く。

「そぅ、いつもいつも皆さんと暮らす、大事な場所を壊されてたまるものですか。わたし達の幸せを邪魔するモノは、すべからく排除してくれちゃいますよ〜……くっくっく……」

「ね、姉さん……鬱入ってる」

「あ、いけないいけない。また志貴さんに怒られちゃいますね〜」

 小さく舌を出し、自分で頭をかるく小突く。

 ふと、見下ろしたその視界に小さな表示が見える。

 時刻表示だ。 06:16。そう表示されている。

「あら? ねぇ翡翠ちゃん、そろそろ志貴さんを起こしに掛かったほうが良いんじゃないかしら? わたしも秋葉さまの朝食をお出ししないと行かないと」

「うん」

 どこか嬉しそうに、翡翠はエプロンを直しながら出口へ向かう。

「あ……姉さんは?」

 そこで、席を立たない琥珀に気がついて問いかける。

「わたしはコードUの行動追跡を設定して行くから。先に行っちゃってて構わないですよ」

「じゃあ先に」

 待ち切れないように、翡翠は部屋を出ていく。


 その姿を、どこかまぶしげに見送りつつ、一人になった部屋で琥珀は、言葉を漏らした。

「……翡翠ちゃん、ほんとうに楽しげですねぇ。秋葉さんも何のかの言って、生き生きとしてきてますし……志貴さんは、ほんとに凄い方……さて!」

 振り返ってコンソールに向き直り、キーボードを叩き機材の制御を始める。

「…道も見えなかったあの頃、わたしが皆さんに対して犯してしまった罪。すぐ償える様な事でない事、ほんとうは皆さんの側に居る資格なんてない事は分かってますが……それでも、皆さんが笑える、それをちょっとでもお手伝いできれば……それが今の、わたしの目的。心からの大事な目的です。 だから―――」



                     
―――――(舞台暗転)



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