月姫
 (C)TYPE-MOON


クルシイ ユメ



written by Q-san










 躯が、痛い。


 ココロガ、痛い。


 イノチガ、イタイ。


 ――イキテイルコトガ―――イタイ――








 人気の無い、高い校舎の屋上。



 凍えるように冷え始めた、夕暮れの風が吹く。

 風は、散り始めた桜の花びらを拾い、高く高く吹き上げて来る。

 冬はとうの昔。



 季節は春。



 熱い夏の足音が聞こえ始め、新入生は新しい学舎に心躍らせ、在校生は新しい目標に自身を律し学級への扉を開く、そんな季節。



 そんな、希望に溢れている校舎の、天辺。

 赤い夕日に照らされた、風が吹くままに、二つに縛り分けた髪を流す少女が一人、眼下を見下ろしていた。





 弓塚さつき―――――





 ロア――四季―――かって三咲町を席捲した、吸血鬼。

 その牙を受け、死徒となるも、志貴の力「直視の魔眼」の行使より「死徒の存在」を絶たれた。


 ―――――だが、飛び抜けて類い希な
 死徒二十七祖にすら匹敵する、人を越える存在への資質。


 ずっとずっと隠されていた、それが

「さつきの存在」の消滅を許さなかった。








 ―――――終わる闇に満ちる、真夜中の公園。



 志貴くんの胸に抱かれて、わたしの体は、どんどん崩れて行く。

 ずっとずっと憧れていたのに

 やっと、その背中に追いつけそうだったのに

 せっかく隣に立てる所まで来たのに


 ―――――ばいばい遠野くん。ありがとう

 ―――それと、ごめんね。





 それが、あの時の、最期の逝ってしまう、わたしの言葉。

 死徒として、人を殺さなくては生きてはいけなくなってしまった、わたしを止めてくれた志貴くん。

 いっぱいいっぱい、迷惑を掛けてしまった遠野くん。

 ずっとずっと見つめ秘めてきた、伝えきれなかった想い。



 あの時は、これで―――――終わっちゃうんだ―――――

 そう、信じていた。

   ―――――だけど。





 ―――――気が付けば、朝。

 どんよりと暗く重い、灰色の曇り空。

 頬に当たる、冷たい―――――雨。

 まるで、ナニかが泣いているかの様な。





 わたしは、生き汚くも、残っていた。





 ―――――それからはずっと、わたしのココロが泣いていた。










 気が付けば、夜。





 高い校舎の屋上からは、住宅街が一望に見渡せる。

 夜空の星よりも明るい街の灯は、暖かな家庭の暮らしを、優しく照らし出す。



 子供が夕食を母親にせがみ、母親ははしゃぐ子供をあやしつつ、色鮮やかな食事の盛られた皿を並べて行く。

 そんな明るい喧騒の中に、ドアを開けて家主が帰宅する。



 夜は、そんな家庭を照らす、暖かな灯が街を埋める時間。



 照らしていたハズ、ナノニ―――――



 その灯の幾つかを、ワタシハ―――――















 この手で砕いていた。















「こんな夜更けに、何をしていらっしゃるんですか?」



 ―――ふと、背後から声が掛かる。

 ちょっとびっくり。

 でも、すぐに落ち着いて振り返る。

 夜のわたしに、気配を気付かせず静かに背後を取れるモノは、この街には一人しかいない。





 ―――――シエル先輩。





 志貴くんの親しい先輩。

 その存在の本質は、無限再生者。

 かって世界から、死ぬ事すら拒絶された女。

 今は神法魔術戦技に深く通じた、埋葬機関・第七位の異端審問実行者。



「……別に、ただ、ちょっとボゥッっとしてただけですよ。そんな先輩の心配する様な事はしてません」

 見れば、先輩はいつもの学校指定の制服ではなく、黒い法衣に身を包んでいた。

「そうですね、今の貴方からは殺気の類いは感じられませんでした。ですから、とりあえず、声を掛けてみましたが……屋上から、今夜の食事を物色している―――とか、答えて下さったら、わたしの仕事が一つ片づくのですが、ね」

「やですねぇ。 冗談でもそんな事言ったら、先輩の性根みたいに真っ黒の黒鍵で串刺しにされちゃうじゃないですか」



 そう棘のある言葉を返しながらも、先輩の様子を窺う―――
―― 殺気は ――――― 無い。



「先輩の方こそ、こんな夜更けに何をしてらっしゃるんですか?」

 先輩は、少し疲れたように額に手を当て答える。

「わたしの方は、定例の町内パトロールです。先日の吸血鬼騒ぎの後始末で大変ですよ。それから最近、不穏な噂も聞きますし……」

「そっか、まだ死者が残っているんですか?」

「本当に生き汚くて困ります。砕いても燃やしても浄化しても次から次へと―――――まったく、ロア自身がこの街で活性化していた期間はそれほど長くないのですが、その分、固体として成長してからの狩猟が多い所為か、本当に巧妙な手口が多くて」



 ―― 生き汚い ――



「それに、この街には危険監視対象が多いですし。今日は、とある方から夜中に出歩いている学生がいるって話しを聞きましたから―――――」



 ――――― それは、わたし ―――――



「今日は、身体測定があったんですよ」

 話しの流れを誤魔化すように、わたしは言葉を発した。

 きょとんと、先輩は、小首を傾げる。



「握力測定の時、今までと同じ様に、ずっと小学校の時からと同じ様に、何気なく、深く考えないで、ただ、握り込んだら―――――砕けちゃったんです、測定器」

 あの時の、先生と、クラスメートの驚愕の瞳。

 静まり返った、あの凍りついたかの様な空気。

 まるで全身の肌に焼きついたかの、残る気配。





「わたし―――――ニンゲンじゃなくなっちゃってるんだなぁ〜って」





「なんだ、そんな事ですか?」

 まるで三流コントを耳にしたみたいに、軽い口調で先輩が答える。


 見れば、先輩は呆れたように、腰に手を当ててこちらを見ている。

「そんなのは、適当にちゃっちゃっと手を抜いて済ましちゃえば良いんです」

 本当に、まるで、何も、気負いも無く、それが至極 ――
―――当然であたりまえの様に、答えて来る。

「砕けるぐらいなんです? 機械が古かった〜くらい、言い訳できるでしょう? わたしが本気で握り込んだら、砕けるどころか粉になっちゃいますよ? 垂直跳躍力なんか、教会で測定する時は、吹き抜けの講堂を天井まであるスケールで測るんですよ。こんな学校での測定なんて、お茶会気分で手頃な結果を出してさくさく進めちゃえば良いんです」

 気が付けば、まるで教え諭すような、そんな雰囲気。

「良いですか? 貴方はもう、まともな存在では無いのですから、その力加減を制御しないと。自分の存在を理解し、その根底から制御できれば、超常威力とともに衝動だって制御しやすくはなります」

「――――なんで、そんな事まで――――」

 呆然と、返したわたしの言葉に、先輩ははっと顔を赤らめた。

「あ―――えと、――後輩の為に、ちょっと助言したくなっただけです」

「そっか、シエル先輩も、昔は―――」

 先輩は、困った様な悲しげな様な、複雑な表情で言葉を返す。

「あまり言わないで下さい。生き汚いのは、わたしも同じですから
―――――だから」



 表情が、周囲の空気が、切り取られたかの様に、その雰囲気が変わる。



「だから、貴方が行なった行為を、忘れないで下さい。
 それが罪である事は、どんな理由をこじつけても変りません。
 わたしも、あなたも、四季も、ロアも、ネロ・カオスも、アルクェイドも、秋葉さんも、遠野くんですら―――――今、生きていても、死んでいても、その行なって来た事の罪、関わってしまった事の罪、背負わされていた業は、変わる事はありません」



 戦っている時の様な、冷たい射貫くような、鋭い瞳が見つめて来る。



「後悔に溺れないで下さい。
 それは死者への冒涜です。
 忘れないで下さい。
 それはその行ないによって変わってしまった世界への不遜です。
 罪も徳も全て一括りに、貴方が行ってきた事をよく落ち着いて考えて下さい、これから何を成すべきか」





 そう、言った先輩は、その表情を崩す。
 柔らかな微笑み。



 それは、夜空を背景にあってなお輝いて見えた。
 暗い夜空に、強く自己主張するほどでもなく、静かに世界を優しく照らす―――――青白い三日月の様に。

「元吸血鬼の先輩からのアドバイスです」

「―――――先・輩―――」

「まぁ、そう気付かせてくれたのは、遠野くんなんですけどね」

 ちょっと照れたように、はにかむ。

「―――うん、――遠野くんて、すごいですよね」

「えぇ、本当に。ずっと幼い頃から、死の雰囲気に囲まれていたのに、それでもあんなに真っ直ぐに、優しい」

「でも、それでも、どこか脆いところが見え隠れして、支えてあげられたら―――ってずっと思っていたんですよ」

「あら、それは遠野くんの先輩のわたしの役です」

「いえ、これは志貴くんのクラスメートのわたしの役です」

 一瞬―――――静かな、睨み合い。

 お互いに不敵な、微笑み。





 ぷ





 お互いに誰ともなく、吹き出す。

「何か、元気が出て来ました」

「それは何よりです。陰気になって、外道に走られては困ります。この街に棲む吸血種も処分すべしとなったら、わたしは貴方だけでなく、秋葉さんやアルクェイドとも真向戦闘状態に入らないといけなくなっちゃいますから、体がいくつあっても足りません」

「くすくすくす……でも、志貴くんは譲りませんよ」

「わたしも退場する気はありませんよ」



 右手を出す。
 先輩も、応えてくれる。



「「正々堂々頑張って、生きましょう」」





(おしまい)





●あとがき●


 歌月十夜楽しいです―――――!!

 いや、このSS。

 実は、コミケ初日にゲットした歌月十夜をさっそくその晩に遊び―――――
山瀬家の肖像にボロボロ泣いた揚げ句に、同じく吸血鬼の犠牲になった二人の物語を書きたくなって、友人がウチにきて明日の月姫SSコピー本を作っている脇で、キーボード鳴らして一気に打ち込んだものです。
 プロット練り3時間、打ち込み4時間、ってトコですね。

 ―――――ニンゲン、勢いって凄いですね(笑)


 このSSは、桐月さんのHP「私立桐月図書館」で開催されている−月姫SS祭り−に投稿した拙作−三咲町大乱舞−の前哨になります。

 両方読めるとちょっとは楽しめるかも。


 さて、あとは印刷と製本!
 ガンバレ!マイ・プリンタLBP−850!
 このSSが、ビックサイトに並ぶかは、あとはキミに懸かっているぅ!
(※追記:頑張ってくれました(^^)


●追記のその二ぃ〜
 この作品は、前述の通り、2001年の夏コミの際に発行した月姫SS本「蒼穹の記憶−クルシイユメ−」に掲載したSSです。
 さすがに発行から半年近く経つので、公開。
 三咲町大乱舞の前哨でもあり、そこからも続く拙作の月姫SS劇中でのさっちんの立場の有り様も書いてますし★

 来月は月姫のイベントが多いです♪
 蒼月祭にMOONPHASEに第二回月姫SS祭り!
 頑張るぞ〜!

 と、吠えた所で、わたしのSSでは恒例(笑)のおまけです。








●おまけ●



 冷えて来た屋上から降りようと、二人並んでドアに向かう。

 何気に続く―――――他愛ない、会話。



「わたし、志貴くんにはいっぱい迷惑かけちゃったから、これからは志貴くんが困ってる時に、助けが出来れば―――――そう、思ってる」

「競争率高そうですねー、それは。わたしは当然ですし、言ってしまえば、アルクェイドも秋葉さんやあのお屋敷の方々皆も、そう思っている事でしょうし」

 そう言って、底意地悪そ気に眼鏡を光らせ、先輩が笑う。

「まぁ、よく考えて行動なさい。特にあの屋敷の影の支配者には注意する事。油断してると、簡単に利用されて遊ばれちゃいますよ」

「……ん? それって、あの琥」

 ズバッ!っと一瞬にして先輩が、わたしの口を塞ぐ。
「ぐ! むぐ?!」

「ダメです! その名を発してはいけません! どこで聞いているか判らないんですよ!」

 そう言うと、ゆっくりと手を離す。



「え……? なんでそんな事?」

「良いですか? あの娘は、あの屋敷の影の支配者ってだけではありません。その主人と結託して、ある財閥の主導権を牛耳きり、国家経済の一角を自在にしている、若輩ながらも社会的実力者なんですよ! その最大の能力は、情報収集能力と操作能力」

「う〜ん、ただの遠野くんのお屋敷専属の薬剤師兼お手伝いさんじゃないの? この前の自己紹介じゃ……」

「いーえ! 並みの死徒よりよっぽど手ごわい相手です。彼女は―――戦う時には、勝利条件を満たしてから舞台に上がるものですよ―――そう言った時には、すでに二重三重に網の眼の様に正道も搦め手も策謀巡らせ、相手をそれと知られずに捕らえているモノなのです!」

 涙ながらに訴える先輩には、何か鬼気迫る印象すら感じる。

「ちょ、ちょっと先輩? 何かあったんですか?!」



 ふぉん



 と、シエル先輩の眼前に、突然小さな紫光の珠が灯る。
「え?」

―――その瞬間。先輩の顔色が、一瞬にして真っ青に変わる。

「ナ、ナルバレック?! な、何の用ですか?! ……え、新作の薬品の実験? ……わたしが実験台ですって?!」

 私の知らない、ナニカで会話をしているらしい。

 言葉の端々から、その話しの内容を察することは出来た。





 ―――――恐怖。





 久しぶりに感じたこの感情。

 その存在を知覚できない、巨大なナニカ。

「場所が、遠野の屋敷ってどういう事ですか? え?友人に協力? メ、メル友って? 趣味が合う? だ、だだだだれとメル友だって言うんですか? 貴方からメル友なんて単語を聞くとは―――――」

 向こうの相手に吠える先輩を残して、逃げるようにわたしは屋上を後にした。




 今日は色々、大事な事を知りえた日だった。



 自分がコレからどう生きて行くか。

 生まれた意味より、生きる勇気。



 それと―――――この街で、逆らってはいけない本当の相手は誰なのか。





「――いくら、わたしが死なないからって、苦しいものは苦しいんですよ!――」





 漆黒の夜空に、先輩の声が空しく響いていた。








(ホントにおしまい)




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